大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)88号 判決

原告

ライオン油脂株式会社

右代表者

本郷慰與男

右訴訟代理人弁理士

月村茂

佐田守雄

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和四七年四月一〇日同庁昭和四〇年審判第三〇六〇号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三八年二月二六日名称を「洗浄剤組成物」とする発明について特許出願をしたところ、昭和四〇年四月二一日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年六月一日これを不服として審判を請求し、昭和四〇年審判第三〇六〇号事件として審理された結果、同四七年四月一〇日「本件審判の請求は成り立たない。」とする審決が行われ、その謄本は、同年六月二一日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルスルホン酸塩、高級アルコール硫酸エステル塩等SO3の基あるいはSO4基を有する水溶性アニオン界面活性剤と、該アニオン界面活性剤重量の二〜二〇%のO12〜C18の脂肪酸ナトリウム塩の混合物を主成分とする実質的にノニオン界面活性剤を含有しない泡コントロール性洗浄組成物

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項のとおりである。ところで、本願出願前国内に頒布された米国特許第二九五四三四七号明細書(以下「引用例」という。)には、SO3基またはSO4基を含有するアニオン性界面活性剤に、脂肪酸または脂肪酸アルカリ金属塩およびビルダーを配合してなる洗浄剤組成物、その組成物は、抑泡性であることおよびアニオン性界面活性剤に対して脂肪酸または脂肪酸アルカリ金属塩を脂肪酸として〇、一対一〜一対一、すなわち一〇〜一〇〇%配合できることが記載されている。

そこで、本願発明を引用例の記載内容と比較して検討すると、引用例には、アニオン性界面活性剤に対して脂肪酸ナトリウム塩を一〇〜二〇%の範囲内で添加しなければならないことおよびその範囲内の脂肪酸ナトリウムの配合によつて洗浄剤が泡コントロールであることについては、直接的表現では確かに記載されていない。

しかしながら、前記のとおり、引用例にはアニオン性界面活性剤に対して脂肪酸または脂肪酸アルカリ塩を脂肪酸として一〇〜一〇〇%配合することが記載されているので、脂肪酸として約一〇〜一八%(これを脂肪酸をC15H31COOHとしてナトリウム塩に換算してみると約一一、二〜二〇%になる。)の量に相当する脂肪酸ナトリウム塩をアニオン性界面活性剤に配合する場合は、洗浄剤組成物として、引用例記載の組成物と本願発明の組成物とは同一組成になることは明かである。しかも、引用例の実施例五には、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム一六部に脂肪酸混合物三部(約一八、八%に相当)を加える例が具体的に示されているので、引用例には、アニオン性界面活性剤に脂肪酸アルカリ金属塩を約一一、二〜二〇%(仮りに、C15H31COOHおよびナトリウム塩として換算すると、脂肪酸として約一〇〜一八%に相当する。)加えた組成物が示唆されていると解すべきである。してみると、抑泡性と泡コントロール性とは厳密な意味では異なるかも知れないが、前記のとおり、引用例に本願発明の組成物が示されていると解される以上、この性質の差異は特に論ずる必要はない(両者の組成物の組成が同一であれば、当然同一の性質を有する筈である。)。

したがつて、本願発明は、引用例に記載された発明であり、特許法第二九条第一項第三号の規定に該当するから、本願は特許を受けることができない。〈以下略〉

理由

一原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における本件手続の経緯、本願発明の要旨、本件審決理由の要点および引用例の記載内容(引用例記載の洗浄剤には、C20以上の脂肪酸が五%以上含まれていることを必要とする事実も含む。)が原告主張のとおりである事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告の主張する審決を違法とする事由の有無について検討する。

二原告は、本願発明においては、組成物としてC20以上の脂肪酸ナトリウム塩は全くあるいは殆んど含まれないのであつて、含まれる場合においても引用例のもののように五%以上も含まれることはない旨主張する。しかし、当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明の洗浄剤組成物に含有される脂肪酸ナトリウム塩は、その主成分が本願発明の特許請求の範囲記載のアニオン界面活性剤重量の二〜二〇%のC12〜C18の脂肪酸ナトリウム塩であれば足り、その他の成分としてC20以上の脂肪酸ナトリウム塩が含まれることを妨げげるものではないと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。

(一)  まず成立に争いない甲第二号証によれば、本願発明における明細書の特許請求の範囲には、本願発明の構成要件として原告主張のイおよびロの混合物を主成分とする旨、含有してはならない成分としてはノニオン界面活性剤のみである旨の記載があり、本願発明の洗浄剤組成物としてC20以上の脂肪酸ナトリウム塩が含まれてはならない旨の記載はなく、そして、発明の詳細な説明の項においても、C20以上の脂肪酸ナトリウム塩が含まれてはならない旨の記載もしくはこれをうかがわせる記載はないことが認められる。前記甲第二号証によれば、発明の詳細な説明の項に、本願発明における脂肪酸ナトリウム塩の原料としてヤシ油脂肪酸、牛脂脂肪酸、硬化牛脂脂肪酸、大豆油脂肪酸、ヌカ油脂肪酸等が掲げられているが、これらは本願発明の主成分たるC12〜C20の脂肪酸ナトリウム塩の原料として掲げられているものにすぎないことが認められるのであつて、しかも原料がこれらに限定される趣旨の記載は見当らない。

(二)  また、本願発明の実施例としてヤシ油脂肪酸ナトリウム塩を配合する例が示されている事実およびヤシ油脂肪酸は約一〇%程度またはそれ以上のC10以下の脂肪酸を含有する事実は当事者間に争いがないところ、この事実によれば、本願発明の洗浄剤組成物にはC10以下の脂肪酸を約一〇%程度含有する脂肪酸ナトリウム塩がこれに含まれていても差支えないものと解される。

原告は、ヤシ油を原料としこれを鹸化した石鹸においては脂肪酸を塩析する過程でC10以下の脂肪酸は非常に減少し、C8、C6等の脂肪酸は殆んど無くなつてしまう旨主張する。しかし、前記甲第二号証によれば、本願発明の特許請求の範囲にはC12〜C18の脂肪酸ナトリウム塩と記載され、詳細な説明の項においても同様にC12〜C18の脂肪酸ナトリウム塩(特許公報二頁三欄三、四行目、四三、四四行目など)と記載され、また、実施例一においてもヤシ油脂肪酸ナトリウム塩と記載され、ヤシ油を鹸化して製造されたナトリウム石鹸との記載は、本願発明にかかる特許公報の記載中どこにも見当らない。したがつて、前記実施例一に記載されたヤシ油脂肪酸ナトリウム塩とは、ヤシ油脂肪酸の脂肪酸組成をそのまま有するナトリウム塩と解されるので、本願発明の洗浄剤組成における脂肪酸ナトリウム塩は、原告主張のような石鹸を意味するものとはいえないから、これを前提として脂肪酸の炭素原子の数を判断することはできない。

(三)  ところで、原告は、イワシ油、ニシン油などC20以上の脂肪酸を成分とするものは、石鹸(すなわち、脂肪酸を塩析し、C10以下の低級脂肪酸ナトリウム塩を排除したもの。)原料としては不適当である旨主張する。しかし、前に述べたように本願発明は脂肪酸ナトリウム塩をその組成物とするのであつて、原告のいう石鹸をその組成物とするものではない。のみならず、前記甲第二号証本願発明の公報の記載によるも、C20以上の脂肪酸が本願発明の有する泡コントロール作用を阻害する旨の記載は見当らず、他にそのような事実を認めるに足りる証拠もない。

(四)  以上の事実を総合考察すれば、本願発明の洗浄剤組成物には、C10以下の脂肪酸を含有する脂肪酸ナトリウム塩が含まれうると同時に、C20以上の脂肪酸を五%以上含有する脂肪酸ナトリウム塩もこれに含まれうるものと解せざるを得ない。

三原告は、本願発明と引用例との間に作用効果に相違があるから、両者はその構成を異にする旨主張する。しかし、当事者間に争いない本願発明の要旨および引用例の記載内容ならびに本願発明の洗浄剤組成物にはC20以上の脂肪酸を五%以上含有する脂肪酸ナトリウム塩も含まれうる旨の前記認定の事実を総合して両者を比較すれば、本願発明の洗浄剤の成分は、引用例記載の洗浄剤の成分と合致するところがあるものといわざるを得ない。してみれば、両者は、その成分の合致する範囲内においては当然にその作用効果も同一である筈であつて、その作用効果の相違を前提とする原告の主張は理由がない。もつとも、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には、その記載の洗浄剤組成物は低起泡性の作用を有する旨記載されていることが認められ、本願発明の洗浄剤組成物は泡コントロール作用を有する旨が本願発明の明細書に記載されていることは、前記甲第二号証によりこれを認めることができる。したがつて、引用例記載の発明と本願発明とでは、その作用効果は明細書に記載されているかぎりにおいては相違するものといえる。しかし、明細書には必ずしも常に発明の構成よりもたらされるすべての作用効果が客観的に記載されるものとはかぎらないから、前記両発明の明細書に記載された作用効果の相違により両発明の異同を判断することは相当でない。

四以上のとおりであるから、本件審決には原告主張の違法はない。よつて、原告の請求は失当であるからこれを棄却し、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 竜川叡一 宇野栄一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例